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2006年4月16日(日)   Vol.35
            
        「山笑う日のコンサート」 
「山笑う日のコンサート」
  吉川よしひろさんのチェロはどんな曲でも歌い出す。
とりわけアドリブの効いたジャズはクラシックの曲に慣れた耳に新鮮だ。 
しかも、ソロであってソロでない・・・こたえは足下の魔法の箱。 NHKで放映されたドキュメンタリー番組のタイトル「自由にチェロを奏でたい」 は、まさに吉川よしひろの世界。
6月にはカリフォルニア州サクラメント市で開催の「THE NEW DIRECTIONS CHLLO FESTIVAL」に日本人として初出演が決定した。

プロフィール
  吉川(きっかわ) よしひろ: 山形県鶴岡市大山出身。日本で唯一、また、世界でも数少ない JAZZチェリスト。

2000年、渡辺香津美(G)スーパーバンドで コンサートツアー・JAZZフェスティバルなどに参加。2001年ファースト アルバム「ザ・チェロアコーステックス」を、日本・韓国でリリース。

2003年2月渡米。アメリカ政府公認アーティストビザ取得後、NYを拠点に アメリカ・日本・東南アジア・EURO各地で演奏活動を展開。

2005年3月、 ブルックリンNYより、音楽TV 番組「ウエルカム・アボードライブ」に出演。 同年4月にはマンハッタン69丁目の「クライスト&聖ステファン教会」で 本格的なコンサートを開催。「チェロ一本」によるオリジナリティーあふれる 即興演奏と音楽性が、ZAZZの本場NYでも高く評価される。

2006年6月には カリフォルニア州サクラメント市で開催されるニュー・ダイレクション・ チェロ・フェスティバル2006に日本人として初めて、ゲスト出演 の予定。
プログラム
 
昼の部

DOE EYES
My favorite things
ジムノペディ変奏曲
ニューシネマパラダイス
青い影
ダニーボーイ
竹田の子守歌
ゴーシェンの想い出
うみ
はなのまち
リベルタンゴ
トキシー
タイムズ・スクェア
キー・ウェスト・ブルース
僕のアランフェス協奏曲
見上げてごらん
アメージンググレース
鳥の歌
サッチ・ア・ワンダフルワールド
夕の部

ローズ
My favorite things
ジムノペディ変奏曲
ニューシネマパラダイス
青い影
ダニーボーイ
竹田の子守歌
ゴーシェンの想い出
うみ
ミスターロンリー
リベルタンゴ
トキシー
タイムズ・スクェア
キー・ウェスト・ブルース
僕のアランフェス協奏曲
見上げてごらん
アメージンググレース
鳥の歌
サッチ・ア・ワンダフルワールド
般若のジャズ奏者                                                  寺田 佚子
 桜の庄兵衛さん宅に伺うと、吹き抜けのホールに架かる太い梁に目がいく。丸太の皮を剥いだだけの一見、粗削りの造作に見えるが、艶が照る木肌はとても優美な曲線でなぞられている。森の数多いなかから選び抜いてきた先人たちの確かな目利きに頷きながらも、数百年前の森の佇まいにいつも想いが馳せる。
 吉川さんの奏でるチェロの音色は、思いがけずその深い森の奥へと誘いをかけてきた。ゆったりと流れるような調べの心地よさに目を閉じていると、葉群から滴り落ちる水音のようなリズムが重複して流れてくる。トッ、トッ、ト。トッ、トッ、ト。知らぬ間に遠い記憶の中にいた。

 小さい頃のわたしは、夏になるとよく母に連れられて森に入った。植林した木の生育をみるためであったが、いつも遠足気分で、太い木に出会うと腕を回したものだ。耳をあてると聞こえてくる。トッ、トッ、ト。トッ、トッ、ト。伸びようとする木の鼓動だと、母は言った。
 演奏のあとで知ったことだが、そのリズムは吉川さんの足元の魔法の箱から流れていたらしい。人にとっての心地よいリズムとは自然界の中に潜んでいるものと無縁ではないのかもしれない。彼はそこまで計算しつくして演じてみせたのだろう。

 わたしはほとんど目を閉じて聴いていたが、ときおり何かに惹かれるように彼を見た。もちろん音に導かれてのことだ。その瞬間、彼の和らいだ表情は般若の形相に変わっていた。照明のせいでもある。形のよいくっきりとした唇は左右対称にバランスがとれていて、両端は上がり気味。切れ長の眼も伏し目になると目じりが上がる。太い梁の辺りから照らすスポットライトで眼瞼は暗く窪んで、顔全体にそれらしき陰影が刻まれる。まさに般若。猛り狂った冬の能登半島の海の岩場で、波のしぶきを浴びながらバチを振りかざす鬼の形相が脳裡を舞った。音楽音痴の私の想像力をこれほど逞しくさせるなんて、なんという音の表現者だろう。

 それに、誰しも身につけた感情の面を一つ一つ剥がしていけば、般若の面に行き着くはず。すべてが削ぎ落とされ、これほど端正で信頼できる表情はないのだから、彼は捨て身になって人間の営みを演奏したといえる。
「山笑う日のコンサート」のフィナーレは「素晴らしき世界」で締め括ってくれた。足元の魔法の箱から繰り返し繰り返し再生されてきて、帰途につく人のあとに付いていった。

 家人が寝しずまったいま、わたしは彼の演奏を聴きながらこの原稿を書いている。窓の外には、昨夜より少し満ちた月がある。光るイヤリングをつけ、足首に鈴をつけた吉川さん。いま何処を行脚しているのか。月明かりの森に分け入っていく虚無僧の後ろ姿がなぜか浮かび、吉川さんとだぶって見えてしまう。
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